2017-07

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No7 本当に美しい公園が欲しいのだ①

真に美しい公園が欲しい。
男女が夜に訪れる公園、愛を語れるほど美しい公園が欲しい。

男が男を誇れるほどの過去の英雄が祭られる公園が欲しい。
たくましくりりしい英雄像が立ち並ぶ公園が欲しい。

女が愛に満たされた気分を感じれるロマンス溢れる美しい公園が欲しい。

その美しさによって何もかも考えられず、ただたば棒立ちになり見つめ続けて
しまうほどの、素晴らしい公園が欲しい。

神を感じれるほど、たくましく、また明るさと聡明さに満ちた目と体を宿す神の
彫刻を見たい。

 慈悲深く、平安を感じさせ、豊かさをもたらす仏の仏像を見たい。


現代の我々の世代のもつ感性でそれがどのようになるかを見てみたい。
未来は未来の感性でそれを表現するのだから。

本当に美しい街にすみ、そこで暮らし、時に歓喜し、そこで死にたい。
その街で生まれた者達と美しい街で、庶民のごとく酒を飲み明かした生活をしたい。

真に美しい街を作るときだ。美しい公園を作るときだ。 
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ローマは美しい。子孫に美を残す時代だ①

ローマは美しい。
まだ行ったことがないから、本とDVDで見ただけであるが、その美しさが伝わってくる。

ローマには自由があった。
間違いなく表現する自由があった。
そして真に美しいものを認める気質があった。

 世に本当の芸術の天才が出たときに、その天才に思う存分働いてもらえばその作品が残る。
そうやって何世代も経ることで天才達の作品が街を形成する。


ファミレスやコンビニができて確かに便利ではあるが、ファミレスやコンビニだけでは
未来の我々の子孫を楽しませることはできない。
 また我々自身の目を楽しませることはできない。

安倍首相が『美しい国、日本』と言った時に本当にそうだと思った。
その意味がわからない人たちが安倍首相を非難したが、日本こそ本当に美しさが足りないのだ。

普通の田舎町にまでローマは芸術が広がった。
生活圏にあれだけの芸術が広がった。

平安時代の貴族は都も美しく、その屋敷には池や花や木々を植え、美しさに堪能した。
その恩恵で我々は京都を散策して楽しめる。
江戸時代の町並みは世界でもっとも美しい1つだと、その時代に日本に訪れた外国人が
述べている。町並みは武家屋敷から町人屋敷まで統一性をもって作られていた。
 大名屋敷には池が木々が植えてある。

現代の我々は何を残せているだろうか?
未来に誇るべき美しい景観を作ったのだろうか?生活圏の中に美しい芸術品があるのだろうか?


本当に自由な精神を持ち、より良い才能を素直に受け入れる力を団塊Jr世代は
どの世代よりも強くもつ。
 それが証拠に、団塊Jr世代の少年時代に少年の厳しい目で審査され、評価された
ジャンプの漫画が黄金時代を迎えたからだ。
あの時代に少年時代を過ごした人が漫画家になり、現代の人気アニメを作成している。



ルビコン川を渡るときだ!③

どうせ、人間いつかは死ぬ。
だから少しでも自分が大切に思える人を大切にしよう。

気が合わない人に媚びることなどやめることだ。
そのエネルギーをあなたが大切にしている人に注ぐことだ。

自分が確立できれば、
仕事で上司から不満を言われている同僚をいれば、その上司にあなたが
反論することもできるのだ。(もちろんある程度の正当性は必要だが・・・)

周りにいる人を励まし、勇気づけられる人は、福祉活動をする人以上に素晴らしい。
なぜなら、周りにいるというもっとも縁が近い人を励まし、勇気付けるからだ。

動物だって自分の子、親、家族を守り、それから群れを守っている。
動物にできて人間にできないわけがない。

身近な人から助けていけばよい。身近な人との間に和を作ることが重要なのだ。
そうすれば、いつしか見知らぬ人のも少しは優しくできるだろう。

身内にも他人にも優しくするのは使命をもった宗教家に任せれば良い。
その為の役割でもあるからだ。

あなたが誰にいわれようと、自分勝手にやりたいことを追求する姿はきっと
あなたの大切な人を勇気づけるものだ。

そういう人が集まれば、どんなに素晴らしい国ができることだろう。

団塊Jr世代は、現在30代半ばに突入した。さあルビコン川を渡るときだ。

ルビコン川を渡るときだ!②

ルビコン川を渡る!といってもそんな大それたことではない。

真に個を確立し、皆で仲良くやれば良いのだ。
それには自信が必要だ。

決してそれは優れてなくても良い。
ただし、やりきったというものを持つことだ。どんなことでも良い。

プラモデルを作りまくるのでも良い。もちろんそれが楽しくやりがいがなければいけない。
そしてそれをやり続けることに自信が持てるぐらいやれば良いのだ。

我々の少年時代は、学校でも家でも成績で評価されたものだ。
だがクラスの大半がわかっていた。学校の成績よりも重要なことがあるのだと。

だが、そういう連中に光が当たることはなかった。
先生のご機嫌取りの秀才がほめられていた。または学校の成績の為に
仲間付き合いを簡単に捨てれるような奴が近所の母親からは誉められていた。

だがそれは、いつの時代にもあるものだ。
戦国時代には勉強が槍や刀の使い方になり、武士の時代には漢文の素養であり
戦前は武器の使い方と決まった行動が優先であった。

いつの時代にもある。だからこそ、そういう中でこそ個々を確立することに意味がある。
がやりたいことをやって楽しんで暮らせるなら、それは周りにも良い影響を与える。

くしくも時代の追い風が吹いている。
画一的なテレビの時代がすぎ、自由に発言できるネット時代に突入した。

あまりあせらず、良いものが素直に良いと認めることができる社会がここにある。
頑固な人間は柔軟にならなければ、やっていけない社会がきている。

本当に素晴らしいことだ。


ルビコン川を渡るときだ!①

団塊Jr世代が今は30代半ばになっている。
これから多くの分野で色々な人がでてくるだろう。

 バブルのおごりも過敏な少年時代に体験した。
世が浮かれた昭和も、不況で沈んだ平成も青年時代に体験した。

親世代に起こった反対の憎しみ、安保闘争、労働紛争、大学紛争を
テレビで見てきた。そして親の世代がそれで何も代わらないのも知っている。

親の勇気のなさは、一番子供がわかるものであるからだ。
騒いでも、何かが大きく変わることではないこと。
受験勉強に明け暮れた少年時代。近所の友達の母親連中が血眼に
子供の成績について語るのもこの世代であった。

良い学校に入ることで救われるなどとは決して思わなかった世代。
会社で出世することで救われるなどとは決して思わなかった世代。

団塊Jr世代は、親の失敗を良く見れて幸運な世代である。

変えていくことは、自分達の一歩一歩であることを知っている世代である。
ゆっくりと着実に変えていく力を養うことを知っている世代である。

さあ!いまこそルビコン川を渡る時である。


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プロフィール

inahokogane9

Author:inahokogane9
32歳までシステムエンジニアとして携帯・大型システム・分析アプリなど数々の仕事の第一線で活躍してきた。
対応できる言語はC/C++/C#/VC/VB/Cobol/SDK(Win32)/ Java/OpenGL(ES)/3Dプログラムをはじめ携帯の仕事も数多くこなしてきた。
ActionScript/phpなどのWeb系もこなす。
携帯OSではITRONから始まりLinux/Symbian/Brew などほとんどの言語/環境の仕事をこなしてきた。
20代の頃から大規模システムの主設計を行い、多くの困難な大規模システム設計を成功させ、乗り越えてきた。

東京理科大学 理工学部 数学科で数学を学ぶ
大学にはほとんどいかず放浪し、好きな本を読みたいだけ読んでいた。
平日から本をバックに数冊しまい、東京中の庭園、美術館、古本屋を始めとする名所を散策する。
その場所々々にある喫茶店に立ち寄っては本を読み
ノートに考えを書き留めていた。
まさに稲穂黄金の放蕩 黄金時代であった。

学生時代に集めた本は2千冊以上。
6畳の部屋の主役はまさに本であった。

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